こんばんは。COTORIDOのWEB担当です。

教育費の問題を考えるとき、私はいつも一つの疑問に行き着く。これほど多くの人が直面している課題が、なぜここまで個人の責任に任されているのだろうか。社会が全員で共有すべき未来への投資、それが教育ではないのか、と。

とはいえ、いくら理想論を掲げても、現実の生活は待ってくれない。日々の出費、子どもたちの成長、そして不意に訪れる想定外の支出が私たちを振り回す。最近、「0歳から22歳までに3,000万円」という数字を目にしたとき、私はその重みを改めて感じた。もちろん、全てを私立に任せるつもりはない。しかし、公立だとしても文房具やクラブ活動、塾代などの費用は積み重なる。

さらに、未来には「見えないコスト」が待っている。進学費用だけではない。子どもが新しい環境に飛び込むたび、その背中を押すための準備資金、引っ越し費用、さらには心のケアまで必要だ。その一方で、助成金や奨学金といった制度の存在が救いでもある。これらを利用するためには、知識と計画が不可欠だ。私が調べ始めて気づいたのは、知らないことで損をすることが、想像以上に多いという現実だった。

また、「育てる環境は親が用意するが、それをどう活かすかは子ども次第」という言葉が印象的だ。親としての責任感に駆られ、つい自分だけで解決しようと考えがちだが、実際には子どももこの問題の「共同責任者」である。親がすべてを肩代わりするのではなく、学びの場で自分の力を発揮してもらう。これは、親子で共に成長するという発想の転換点になるかもしれない。

それでも、教育費を取り巻く不安は完全には拭えない。それは未来が予測不可能だからだ。社会や経済状況の変化が、どのように教育費の負担に影響するのか、予測することは難しい。だからこそ、年間の支出目標をざっくりと立て、それを守る努力をする。最低限の環境を提供しつつ、過剰な浪費を避ける。これが、親としての責任と現実的な目標との折り合いなのだろう。

教育費の問題を深く考えると、「教育」とは単なる費用の問題ではなく、親としての価値観や家族としてのあり方を問うテーマであることに気づかされる。お金だけでは解決できない、けれどもお金が必要な現実。そこにある矛盾こそが、私たちが真剣に向き合うべき課題なのだろう。

誰もが持つ「未来への投資」というテーマ。子どもを育てる親にとって、それは避けられない挑戦であり、また一つの冒険でもある。

我が家では、ついにゲーミングPCがやってくる。ゲーミングPCといってもこれで子どもにゲームを遊ばせるわけではない。来たるべき未来のVR環境に慣れてもらうため。また、VR環境のグッズを制作して販売するためのツールとしてゲーミングPCを購入した。ゲーミングPCは普通のPCの2倍から3倍するが、これも教育のコストの1つと考え、また、3000万のうちの一部と考えたら安い買い物かもしれない。

クレープの体験も、食育という教育の1つとして、ぜひ弊店で美味しいクレープ体験をして頂ければ幸いです。

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